あの企業の歴史を(^ω^)その2
彼には、人を酔わせる魅力があって、不可能を可能にしてみせようという、やる気を起こさせました。
だが、資材と電力の不足には泣かされました。
しかもやっとつくり上げた発電ランプは思ったように点灯してくれませんでした。
苦心惨憺してようやく欠陥を克服したけれど、悲しいことに販売網がまだなかったのです。
すると幸之助は、自社でも発電ランプをつくっているのに、これをナショナルランプとして市場へ送り出してくれました。
こうして松下ヘブランドを返すまでの間、三洋の発電ランプはナショナルのブランドで市場へ流れていったが、昭和二十二年十一月三十日、漏電のため守口工場は火災で焼失しました。